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chapter,6 ~神謡に舞姫は開花を願う~ 1

last update Last Updated: 2025-10-28 10:45:17

 身体の異変は今朝に入ってからだった。体内の臓器の一部が目に見えない何者かによって握りつぶされてしまったかのような突発的な痛みに苛まれ、寝台から起きあがることも叶わなかった。神殿の人間もまともに動ける状態にないと侍女たちが報告してくれたため、どうやら一族の人間のなかにいる誰かが闇鬼に憑かれ、喰われて幽鬼にされてしまったのだろうと見当がついたが、それが誰かは考えたくなかった。

 寝台に横たわったままの活は、迷い込んできた白い蝶を見て、悔しそうに唇を噛む。

「……誰も信頼してはいけなかったのだな」

 ひとりきりの部屋に響く自分の声は、朝から何も口にしていないからかひどく乾いている。自分のしわがれた声を空しく感じながら、活はつまらなそうに蝶を見つめる。

 狗飼一族と血の契約を結んだ活もまた、わずかながら『地』の加護を受けている。だから彼女は他のひとには見えない黒い蝶や、蝶に姿を変えた第七皇子の姿を目にすることができた。玉登はそんな活を息子の仙哉より御しやすいと判断したから、傍にいただけだ。

 なぜ玉登の言葉に心動かされてしまったのだろう。夫と陣哉を失ってから、自分は根なし草のように自分を必要とする人間に縋っている気がする。バルトはそんな活を優しく労わってくれたが、彼との間にあるのは愛ではなく、妥協だ。

 先の神皇帝の妃だったという矜持を限界まで引きずっていたから、玉登に利用された。そう考えれば納得がいく。すでに狗飼一族より強いちからを持つ何かが彼についているのだろう、だから活は切り捨てられた。生き残っていた仙哉を幽鬼にするという残酷な方法で動きを封じられ、寝台から起きあがることすら叶わない。

 神殿が機能しない状況とは、いったいどういうことなのだろう。あれからどのくらいの時間が経過したのか、窓から差し込む陽光から判断しようにも、空には厚い雲が覆っているため太陽を拝むことができずにいる。

 まるで哉登が殺されたときのようだと考え、身体中に震えが走る。まさか、この事態を引き起こしたのはあの人魚ではないのか?

 人魚の花嫁。玉登はニセモノだと言っていたが、人魚の女王のようなちからを持っているのならば、帝都を乗っ取ることも難しくないはずだ……もしかしたら玉登は自分を切り捨て人魚と手を組むことにしたのかもしれない。誓蓮を奪われた人魚と玉座を狙う玉登が九十九を排除するべく
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  • 少年王が愛する蓮は誓いの海ではなひらく   ~神謡に舞姫は開花を願う~ 2

    「そこまでわかっていて、そなたは何もせぬなんだ」 「――っ」 横たわり暗い思考を巡らせる活の頭上から鈴のような甲高い声が降ってくる。人間ではない何かが傍にいる感覚。活は声を詰まらせ、静かに瞳を閉じ、囁きかけてくる何者かの声を受け止める。「哉登の妻だっただけあるの。妾の存在を視界で判断しないとは」 さっきから室内を揚々と飛び回っていた純白の蝶。悪しきモノの気配を微塵も感じさせない神々しいまでの存在。「……ではやはり貴女が」 至高神なのか。活は戸惑う気持ちを抑えられず言葉に刺を混ぜてしまう。「哉登が殺された時は姿を見せなかったくせに、なぜいまになって現れるのです」 「あれが闇鬼に憑かれていたことを知っていて、妾を責めるのかえ? 心の弱さに付け込まれた人間を、妾が救い出さねばならぬ理由などどこにもないというのに」 嘆かわしいと至高神は哀しそうに応える。「……」 たしかに、女好きが高じて人魚の女王まで自分のものにしようとした哉登の執着は尋常ではなかった。活を離縁し、人魚の女王と懇意にしていたという男を夫として下げ渡し、人魚を殺めて心臓を喰らい若返ってまで追い求めた前神皇帝……その間、国の政を議会に任せていた彼を、かの国をはじめとした天空の守護を担う至高神は何もせずに見ていたのだろう。そして闇鬼に憑かれた哉登を恨んだ人魚の女王は自分が持つちからで彼を殺した。「まぁ、佳国(よしくに)のために国が滅ばぬよう影では動いたが、人間からすればそれでも物足りないかの」 気まぐれな神は哉登の運命を見届け、息子のなかから九十九を選んだ。活のふたりの息子たちでも玉登でもなく。  活はいままでそれを不服に思っていた。けれど至高神からすればそれが当り前のことだという。「もともと九十八代哉登が決めたことじゃ。それに、そなたの息子らは彼を支えることを妾に誓ってくれたぞ」 「なんですって」 仙哉が九十九に忠誠を誓う姿は何度も見ているが、陣哉までもが玉座を求めていなかった?「三年前の内乱は古都律華が暴走したにすぎぬ。狗飼一族は最初から最後まで九十九を立てていた。そなたの長子が死んだのは、彼に殺されたからではない、彼を護ったからじゃ」 ――陣哉が、九十九を護って死んだ?「神は嘘を好かぬ。妾は天から見ておった。残った人間が好き勝手脚色し、あれは欲に負けた愚か者だと言

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     身体の異変は今朝に入ってからだった。体内の臓器の一部が目に見えない何者かによって握りつぶされてしまったかのような突発的な痛みに苛まれ、寝台から起きあがることも叶わなかった。神殿の人間もまともに動ける状態にないと侍女たちが報告してくれたため、どうやら一族の人間のなかにいる誰かが闇鬼に憑かれ、喰われて幽鬼にされてしまったのだろうと見当がついたが、それが誰かは考えたくなかった。  寝台に横たわったままの活は、迷い込んできた白い蝶を見て、悔しそうに唇を噛む。「……誰も信頼してはいけなかったのだな」 ひとりきりの部屋に響く自分の声は、朝から何も口にしていないからかひどく乾いている。自分のしわがれた声を空しく感じながら、活はつまらなそうに蝶を見つめる。  狗飼一族と血の契約を結んだ活もまた、わずかながら『地』の加護を受けている。だから彼女は他のひとには見えない黒い蝶や、蝶に姿を変えた第七皇子の姿を目にすることができた。玉登はそんな活を息子の仙哉より御しやすいと判断したから、傍にいただけだ。  なぜ玉登の言葉に心動かされてしまったのだろう。夫と陣哉を失ってから、自分は根なし草のように自分を必要とする人間に縋っている気がする。バルトはそんな活を優しく労わってくれたが、彼との間にあるのは愛ではなく、妥協だ。 先の神皇帝の妃だったという矜持を限界まで引きずっていたから、玉登に利用された。そう考えれば納得がいく。すでに狗飼一族より強いちからを持つ何かが彼についているのだろう、だから活は切り捨てられた。生き残っていた仙哉を幽鬼にするという残酷な方法で動きを封じられ、寝台から起きあがることすら叶わない。  神殿が機能しない状況とは、いったいどういうことなのだろう。あれからどのくらいの時間が経過したのか、窓から差し込む陽光から判断しようにも、空には厚い雲が覆っているため太陽を拝むことができずにいる。  まるで哉登が殺されたときのようだと考え、身体中に震えが走る。まさか、この事態を引き起こしたのはあの人魚ではないのか? 人魚の花嫁。玉登はニセモノだと言っていたが、人魚の女王のようなちからを持っているのならば、帝都を乗っ取ることも難しくないはずだ……もしかしたら玉登は自分を切り捨て人魚と手を組むことにしたのかもしれない。誓蓮を奪われた人魚と玉座を狙う玉登が九十九を排除するべく

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    「!」 咄嗟に前へ飛び出す九十九を弾き飛ばすかのように、カイジールがさらりと空中に魔術陣を描くが、すでにひかりは巨木の根に囚われた道花の眉間を通過し、消え去っている。「……なに、いまの?」 痛くも痒くもない感覚に、道花が首を傾げる。だが、那沙は顔を青白くしている。「珊瑚蓮の精霊に闇鬼を潜入させました。絶望の黒花を咲かせるためにはやはり本人の精神を病ませるのが一番でしょうから」「なんですって!」「威勢がいいね。いまのうちに吠えているがいいよ。自分の体内に潜まれたものを神謡で浄化することはできないんだから」 いっそのこと仙哉義兄さまのように幽鬼にしちゃおうか、と笑顔になる玉登をいまにも射殺しそうな視線で九十九が睨みつける。「玉登」「ぼくたちはすべてを壊すよ。義兄上が大切にしているこの国も、誓蓮も、世界も、愛する珊瑚蓮の精霊も。ぜんぶぜんぶ破壊する。最後に義兄上を殺してあげるから、楽しみにしていてね」 朗らかに言い残して、玉登は手を掲げる。一度は動きを止めた巨木がずずずと動き出し、天高くまで成長していく。「きゃ……!」 根の檻に捕えられたままの道花もそのまま空へ向かって突きあげられていく。みるみるうちに九十九たちの姿が米粒のように小さくなる。「道花!」 自分の名を呼ぶ悲痛な声も、だんだん遠ざかっていく。空気が薄くなっていく錯覚に道花は立っていられなくなりその場へしゃがみこむ。足元から見えるのは栄華を誇る帝都と皇一族の広大な敷地にある建物の屋根。帝都のひとびとは宮廷で起きたこの騒動をまだ何も知らないで平穏な暮らしを続けている。少年王がついに結婚すると晴れやかな気分で市は開かれているに違いない。結界が張られていることで起こるこの落差を空から見下ろし、道花は愕然とする。「……そんな」「珊瑚蓮の精霊。貴女は快楽に溺れながらしばらく高みの見物をしていてください。この帝都の情景が、ぼくと鬼神の手によって生まれ変わるところ

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    「そうはさせないよ」 割り込んできた中性的な声に、周囲が顔を見合わせる。声の主が誰なのかに気づいた道花は思わず名を呼んでいた。「慈流! 無事だったのね」「道花。すまない。ようやく決心がついたよ」 至高神によって助けられたカイジールは真っ先に桃花桜宮へ戻り、道花と九十九、そして那沙の姿を確認し、あははと笑う。「カイジール! あんた……まさか」 那沙は彼の変化に気づき、顔色を変える。そのまさかだよとカイジールは胸を張る。西洋服を着たままの彼の胸元がぷるんと揺れた。すらりとしていた体躯には、ふくよかな曲線が生まれ、今まで以上に妖艶な雰囲気を纏わせている。「慈流、あなたまさか女になったの?」 道花が声を荒げ、それに追従するように那沙も溜め息をつく。 男として今後の人生を過ごすことを選んだ彼の身体が――完全に女性化している。「そう、そのまさかだよ。女王陛下に捕まったボクを助けてくれた至高神がおっしゃったのさ。道花、君と女王陛下のどちらをも救いたいのなら、ボクが女になって五代目オリヴィエを襲名すればいいだけのことだ、って」 かつて自分の運命が珊瑚蓮に決められているのを厭った人魚の女王が自分の娘にオリヴィエの名を与え、生き延びたという伝承がある。至高神は那沙ですら知らされなかった人魚の一族のごく一部のものにしか伝えられていなかった真実を当り前のように説明し、カイジールにその役を押し付けたのだ。 たしかに、一度は膨らみかけた珊瑚蓮の蕾が枯れ、かわりに繁栄を促すかのように葉が生い茂り海を覆い尽くしたことがある。あれは、先の女王オリヴィエが後継を定めて生き延びたから起きた現象だったのかと今更のように那沙は息をつく。至高神に珊瑚蓮の花が咲くとオリヴィエが死ぬと告げられるまで、女王と珊瑚蓮の関係を把握することができずにいた自分の至らなさに嫌気がさす。「至高神がそう考えたのなら、あながち悪い方法ではないのかもね」 那沙が溜め息混じりにカイジールに応えれば、かつて男性だった彼女もまた、苦笑を浮かべる。

  • 少年王が愛する蓮は誓いの海ではなひらく   ~真実は珊瑚蓮の蕾に宿る~ 9

     害意のない微笑を湛えたまま、玉登は巨木の根に阻まれ必死になって逃げようとする道花の三つあみを掴み、結紐を歯で千切り取っていた。「駄目っ!」 蜂蜜色の直毛がばさりと落ち、道花の身体がビクリと跳ねる。「人魚の女王と天神の末裔から生まれた稀有なる珊瑚蓮の精霊……貴女は幼い三つあみよりもこうしている方が美しいですよ」 道花が気にしているのを知っていて、彼女の直毛を褒め称える姿に那沙が激昂し、九十九に詰め寄る。「なんなのこの男の子は!」「第七皇子、皇玉登……神皇帝の座を狙うおれの義弟だ」 見た目は十五歳にも満たない少年だというのに、九十九も木陰も手出しできずに見ていることしかできずにいる。だが、それは土地神である那沙も同じだ。 ――彼には鬼神が憑いている。 那沙は初めて見た第七皇子玉登の背後に冥穴よりやってきた幽鬼の王の影を見て戦慄する。神々を誰よりも憎み人間を玩具のようにしか考えていない異形の主、鬼神。彼もまた珊瑚蓮の蕾に魅せられかの国へ誘われたのだろう……罪を犯したオリヴィエに加担するかのように。 冥穴を出た鬼神は実体を持たない。それゆえ彼は自分のすきな悪感情に溺れた人間を虜にしてそのなかに入り込む。人間が幽鬼になる現象の多くが鬼神によるものだ。きっとオリヴィエによって幽鬼となった仙哉も鬼神の器とするために利用されたのだろう。だが、目の前の玉登は、自らすすんで鬼神の器になっているようだ。自我を保ち、欲望のために鬼神とともにいる……それゆえ、那沙は混乱する。なぜ、こんな小さな少年が鬼神とともに行動しているのか。「なぜって? 国を奪われながらも土地神としてのうのうと生き延びている貴女にはわからないでしょうね、ぼくの屈辱と憎悪の激しさが」 自分と同じくらいの年齢の容姿になっている那沙に視線をやり、玉登は不機嫌そうにまくしたてる。その姿は癇癪を起した子どもだが、言っていることは復讐に燃える皇子の罵倒。那沙はかつて起きた内乱で死んだ悲劇の皇妃を

  • 少年王が愛する蓮は誓いの海ではなひらく   ~真実は珊瑚蓮の蕾に宿る~ 8

       * * * かの国に軍隊と呼ばれる組織は存在していない。四方を海に囲まれ、古代より神々と幽鬼が戦いつづけた影響からか、大陸諸国はかの国を敬遠し、攻め込んでくることがなかったからだ。皇族個人が兵を集めることはあるが、基本的に内乱を治めるための一時的な処置にすぎない。 だが逆に、幽鬼との戦いのために神術を用いた防御は徹底されている。地方ごとに神殿が建てられ、土地神とともに神職者が悪しきモノの侵入を阻むよう常に結界は張られ、かの国の民は安心して生活を送れるようになっている。 しかし今、この概念がたったひとりの女性のせいで見事に覆されそうになっている。「秘色香椎神殿を奪われただと!」 瘴気をまとった幽鬼となった義理の兄、仙哉を連れて現れた人魚の女王オリヴィエは、道花たちを襲った後、神殿を占拠していた。 神殿には神術を修めた狗養一族の『狗』が多数いる。だが、仙哉が傷を負った時点で彼らもまた血の呪いによって動きを制約されている可能性が高い。そこを狙われたのだとすれば、自分の判断が甘かったと言わざるおえない。 九十九が沈痛な表情になったのを見て、道花も苦しそうに言葉を発する。「神殿を占拠されたって……」「結界を壊されたらかの国へ幽鬼が押し寄せてくる。鬼神は最初からこうなることを考えていたのか……」 至高神を敵対視する鬼神。彼が女王とともに行動していた理由を推理し、九十九はひとりでうんうん頷いている。「ハクト?」「切り札はまだこっちにある――だから。マジュ」 呼びなれない名で道花を束縛する九十九に、道花が怪訝そうな表情を浮かべると、困ったように那沙が彼女の頬をつつく。「もう想いは通じあっているんでしょう? あなたは珊瑚蓮の精霊で、海に誓う真珠……琥珀とともに輝ける桜真珠になるの」「――那沙。やっぱりそういうことだったんだね」 道花は頬を赤らめ、観念したとばかりに言葉を紡ぐ。「あたしとハクトが契りあうことで桜色

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